Ｗおばあときよちゃん食堂

　うだうだと、しかし平然と始まる沖縄の遅い朝…いや、昼早くのこと。那覇の友人ナスさんを昼飯に誘った。現れたナスさんは別に珍しいものを見せようというふうもなく、平和通りのアーケードを少しはずれた路地裏に僕を連れて行く。

　気がつくとその「家」の前に立っていた…。

「ここはね、キヨちゃんという人がやっているらしくて『キヨちゃん食堂』とか『キヨちゃんガー』とか言われてるんですよ」と、ナスさんは必要最低限の説明をしてくれた。
　どう見ても普通の「民家」だ。食堂の看板はなく、入り口もちょとした土間のようなものがある程度。店内（と呼ぶべきか!?）はもちろん座敷のみ。平凡すぎてこれ以上、語りようがない…。100％ただの家である。

「きょうは一階が女、二階が男みたいですね…」

　と、ナスさんまったく意味のわからないことをいう。しかしその通り一階には女、二階には男のお客さんしかいない。
　店にはメニューもなく、キヨちゃんとおぼしきおばさんに今日の献立をたずね、その場で注文するだけ。
　こんな状態だがけっこう繁盛している。飲食業界最高純度の直球勝負。飾り気がないにもほどがある。

お腹の空いた人がいるから、ご飯を作ってあげて、お金をもらう。

　これだけ。そこに山があるから登り、そこが頂上だったら降りるのだ……。
　この極端な「なんでもない」ぶりが頭を離れず、数年後、出張のついでに再びたずねてみた。しかし記憶はあいまいである。確かこの角を曲がったところにあるはず…と思い、それらしき建物の前まで来たが、入り口は閉まり、人の出入りもないので、いまいち確信が持てない。なにせ相手は看板も出していないのである。
　しかたなく角のところまで戻ると、

「あんた、食堂？」

とおばあが話しかけてくる。見ると、ふたりのおばあが、きのうから打ち合わせたかのようなシンメトリー構図におさまっているではないか。

「はあ、たしかこの辺にありますよねぇ？」
「きょうはもう終わったよ。３時までしかやっとらんさ」
「あぁ、そーですかぁ…」

　現れるタイミングといい、ビジュアルのキャラクターといい、ＴＶゲームの登場人物のようである。この時から、きよちゃん食堂とコンビネーション抜群のダブルおばあがセットで頭にインプットされてしまった。
　それから一年後。たまたま食堂の近くを通っただけなのだが、聞いてもいないのに、
「食堂？　そこ。昼は３時まで。日曜は休みね」
とおばあが話しかけてくる。教え方は明らかにパターン化し、かつ定着していた。しかし、おばあはひとりになっていた。

　ひとりかぁ。

　反射的に不謹慎なことを考えてしまったが、ダブル状態はたまたまあの時だけだったのかもしれないし、だいたいここのおばあがふたりでいなきゃいけない理由はなにもない。が、ものすごく気になる。きょうはあとでもうひとりが来るのか、それとも体調でも崩したんだろうか。義理があるわけではないが、どうにもこうにも心に引っかかるぞおばあ。
　それからまた何年か経ったが、何度通りかかってもおばあはひとり。聞いてもいないのに判で押したように言う。

「食堂？　そこ。朝11時から昼の３時まで。日曜は休みね」