むき身の気持ち

　窓辺にあるガジュマルの鉢植えを撮ろうと撮影機材を探していたら、なくしたと思っていた写真が出てきた。10年前に撮った小浜島の子供の写真だ。

　島を訪れたキッカケは無責任なもので、知人に紹介された「竹富町」の民宿を「竹富島」の民宿と思い込んで予約したら、そこは「住所でいえば『竹富町』内の『小浜島』」だったというだけのことだ。
　どうせ行ったことのない島をぶらぶら歩きたかったわけだから、結局それでもかまわなかったのである。

　石垣島から船で30分ほどの距離にある小浜島は、一部の大型リゾート以外にとりたてて観光地らしい場所もなく、マンタ目当てのダイバーと変わり者くらいしか訪れないごく素朴な島であった。

　宿に着いてとりあえずぶらっと写真を撮り歩き、戻ってきたときのこと。
「いやー、今日も暑かったねぇ」という言葉以外はなにも浮かんでこない健全な夏のくずれ脳味噌をともなって、宿の外階段から部屋にのぼろうとすると、子供がうしろからついてきた。

「ねえねえ」
「ん、なに？」

　振り向くと、人なつこさゆえ見知らぬオジサンに声をかけたというのではなく、とにかく抑え切れない好奇心が、内気な心の垣根を飛び越えてしまったという顔の少女が、きょとんとそこにいる。

「ここはなにをするとこ？」
「は？　きみはここんちの子じゃないの？」
「うん。あっちのほうにすんでる」
と左の方を指さす。

「そうか……ここはね、旅行に来た人が泊まるところなんだよ」
もうちょっとマシな説明の仕方はないものかと思うのだが、答えはつたないものに。

「ふうん。すごいね」
「すごいって？」
「すごいね２階建てなんて。うちなんか１階しかないよ」
「あ……そう？」

　これが小さな島で暮らす、小さな子供が感じた「すごさ」の物差しなのだろう。きっとこの先、おぼつかない手探りの感覚にしたがって、彼女が感じる「世界」のスケールが少しずつ編み上げられていくのだ。

　そうかぁ、ここから始まるのかぁ…………。

　電車とジェット機と船を乗り継いで島にやって来た自分が、急に重苦しい皮を脱がされて、むき身の大きさに戻されたような気がした。

　夕暮れ時、島の若者が遊びに来た。当時まだ馬で農作業に出かける人さえいたこの島で、オープンカーにとれたてのグァバを山積みして……。潮風に錆びついたボディを眺めながらグァバをかじると、濃い味と一緒にいろんなことがどうでもよくしゅるしゅると溶けていく。

　あれから10年以上経った。島はテレビドラマの舞台として少し有名になり、港には立派な待合室も作られた。あの子の感じる世界の大きさは今、どのくらいになっているだろうか。